フィギュアペア競技において日本の歴史を塗り替え続けてきた木原龍一選手。
もともとはシングル選手として全日本ジュニアで表彰台に上がるなど、将来を嘱望されるソロスケーターでした。
今でこそ「世界のキハラ」として頂点に君臨していますが、ここに至るまでの道のりは、まさに波乱万丈という言葉がふさわしいものでした。
2013年、ペアに転向しました。
・2014年ソチ五輪:高橋成美さんとのペア結成、個人戦は18位。
・2018年平昌五輪:須崎海羽さんとペア結成、ショートプログラムで21位とフリーに進めませんでした。
・2022年北京五輪:三浦璃来選手とペア結成。団体戦で銀メダル、個人戦でも日本初の7位入賞となりました。
・2026年ミラノコルティナ五輪:三浦璃来選手と団体戦銀メダル、個人戦金メダルに輝きました!
全日本選手権では異なるパートナーと通算6度の優勝を飾っています。
2022‐2023年シーズンでは三浦璃来選手と組み、日本初のグランプリシリーズスケートカナダで優勝、NHK杯優勝、世界選手権、四大陸選手権、グランプリファイナルで優勝し年間グランドスラム達成しました!
しかし、その栄光の影には、ファンの間で語り草となっている「ペア解消」という苦渋の決断が何度もありました。
パートナーが変わるたびに、指先の角度一つからリフトの重心まですべてを一から構築し直す過酷な作業。
何度も「もう潮時かもしれない」という絶望に直面しながらも、木原龍一選手はなぜ滑り続けたのか。
この記事では、木原龍一選手が歩んできた歴代ペアの軌跡を詳細に振り返り、高橋成美さんとの解消に隠された真実、そして三浦璃来選手という「魂の片割れ」に出会い世界一を掴むまでのドラマに迫ります。
木原龍一の歴代ペアを時系列で紹介!

木原龍一選手のキャリアは、日本フィギュアスケート界の「ペアの歴史」そのものです。
木原龍一選手が辿った3つの時代の変遷を見ていくと木原龍一選手がいかにして「最高のリーダー」へと進化したかが分かります。
管理人木原龍一選手がペアを組んだ3人を詳しく見ていきますね。
1.高橋成美 & 木原龍一(2013年〜2015年)

2013年1月、日本中に衝撃が走りました。
前年に世界選手権で銅メダルを獲得していたトップペアの高橋成美さんの新パートナーに当時シングル選手だった木原龍一選手が指名されたのです。
・シングルでは使わない筋肉を鍛え上げる
・リフトの基礎を必死に叩き込む
ペア転向1年足らずでソチオリンピックの舞台に立ちました。
この時期は、いわば「必死に追いかける修行の時代」。
世界レベルの厳しさとペアの基礎を最短距離で学んだ濃密な2年間でした。
2.須崎海羽 & 木原龍一(2015年〜2019年)
デトロイトに帰ります。
— Ryuichi Kihara(木原龍一) (@ryuichi_kihara) February 18, 2018
まずは怪我の回復からスタートかな#がんばれニッポン #フィギュアスケート pic.twitter.com/uY14ffMhQs
高橋成美さんとの解消後、当時15歳だった須崎海羽さんとペアを結成します。
ここでは、これまでの「教わる側」から一転、木原選手がパートナーをリードし、守り抜く「大黒柱としての自覚」が芽生えた時代です。
しかし、木原龍一選手は度重なる怪我(脳振盪など)にも見舞われました。
しかし、この時期に培った「パートナーを安全に、かつ美しく持ち上げる」というエスコート技術が、現在の安定感の礎となっています。
2017年のペアカップル見るとすごいな……
— 桜百 (おと)\\\\٩( 'ω' )و //// (@IAmTheLuckiest7) December 13, 2025
1.須崎海羽&木原龍一
2.髙橋成美&柴田嶺
3.三浦璃来&市橋翔哉 pic.twitter.com/JmMBakdKgZ
管理人全日本選手権で優勝した時の写真にはかつてのペアだった高橋成美さんやその後ペアを組む三浦璃来選手もうつっています。
3.三浦璃来 & 木原龍一(2019年〜現在)
私たちの拠点カナダに帰ります!🇨🇦
— Riku Miura 三浦璃来 (@miurariku1217) March 8, 2026
エアカナダ様、いつも快適な空の旅を本当にありがとうございます!#aircanada #エアカナダ #シャー子に仲間が増えた #名前募集中 pic.twitter.com/b1Op9vboHB
2019年、三浦璃来選手とのトライアウトで、木原龍一選手はこれまでにない感覚を覚えます。
「滑り出した瞬間に、進む方向が一致した」という言葉通り、二人のスケーティングは最初から魔法のように噛み合っていました。
- コロナ禍の拠点閉鎖
- 木原龍一選手の腰の負傷
幾多の障壁を乗り越え、2022年北京五輪での団体戦メダル獲得、そして2023年の世界選手権制覇。
2026年ミラノコルティナ五輪では団体戦銀メダル、ペアでは悲願の金メダルに輝きました。
30代を迎えてなお進化を続ける、日本ペア史上最強のコンビです。
木原龍一の歴代パートナー・高橋成美とペア解消した理由3つ!

ソチ五輪のリンクで日本ペアの新星として輝いた「成龍」ペア。
しかし、世界選手権直後の2015年3月、突如として発表された解消のニュースに多くのファンが「これからという時に、なぜ?」と肩を落としました。
一見順調に見えた二人の歩み。
しかしその裏側には、外部からは見えにくいトップアスリートならではのシビアな葛藤と世界で戦うための妥協なき決断が渦巻いていました。
管理人高橋成美さんといえばミラノコルティナ五輪のペアの実況が話題になりましたよね。
1.埋めがたい「技術的バックグラウンド」の差
「当初は少し悔しい気持ち。でも今は…」りくりゅうペア・元パートナーの高橋成美が“胸中”を告白…《ミラノ五輪金・三浦璃来&木原龍一 独占秘話》 https://t.co/yuKIGdVhBP pic.twitter.com/qAQV3m47II
— ニフティニュース【公式】 (@niftynews) March 8, 2026
最大にして最も切実な理由は、二人の「ペアとしての成熟度」の差でした。
世界選手権などで上位を狙うためには、最高難度の技を短期間で習得する必要があります。
- 高橋成美さんは12歳頃からペアに取り組み、すでに世界3位を経験した「完成されたプロフェッショナル」
- 木原龍一選手は、転向して間もない技術的な基盤を積み上げている最中の「発展途上の原石」
基礎を固めたい木原龍一選手と世界のトップ戦線に一刻も早く戻りたい高橋成美さんの間には、どうしても「成長のスピード感」にズレが生じてしまったのです。
「世界の頂点」を見据える時間軸と技術習得のスピード感に生じたズレは、日々の練習の中で少しずつ、しかし確実に二人の間に距離を生んでいきました。
2.ペアの命「スロージャンプ」における物理的相性

ペア競技の華であり、最も得点源となるスロージャンプ。
男性が女性を空中に放り投げ、女性が回転して着氷するこの技は、二人のパワーバランスとタイミングが0.1秒狂うだけで成立しません。
木原龍一選手はシングル出身者としても非常に強大な筋力とパワーを誇っていました。
しかしそれが逆に、小柄でクイックな回転を得意とする高橋さんのスタイルに対し、強すぎてしまう場面がありました。
・「もっと高く上げたい」木原龍一選手
・「自分の回転リズムを維持したい」高橋成美さん
お互いの長所が必ずしも1+1=2以上の相乗効果を生まず、「物理的なマッチングの微調整」に限界が来ていたことも、トップレベルを目指す二人にとっては無視できない問題でした。
3.次の五輪で「メダルを争う」ための決断
ソチの団体戦でペアが必要で、当時日本フィギュアでペアをできるのは高橋成美さんくらいしかいなかった。ソチの演技を見ればよく分かるけど、シングルから転向したばかりの木原龍一さんを「ペアができる選手」にしたのは高橋成美さんだと思ってる。成美さんあってのペアフィギュア。 https://t.co/ZJK617vTCw
— バナナきな子 (@ICGROOL) February 26, 2026
解消当時の二人のコメントを読み解くと、「お互いがより高いレベルへ行くため」という言葉が並びます。
3年後の平昌五輪を見据えて、
今のペアを維持して中位に留まるより、それぞれが理想のパートナーを求めて再出発する方が、日本フィギュア界全体にとってもプラスになる
極めてプロフェッショナルな戦略的判断をしました。
管理人解消は悲劇ではなく、お互いのプライドをかけた「前向きな決別」と考えられます。
高橋成美さんという「世界の基準」を知るパートナーと組んだからこそ、木原龍一選手は自分の現在地を正確に把握し、その後の金メダルに繋がりました。
なぜ木原龍一はペアとして三浦璃来と世界一を掴めた?

2度の解消を経て、多くの人が「日本のペアは厳しい」と感じていた中で起きたりくりゅうの奇跡。
なぜ、彼らだけが世界の壁を突き破ることができたのでしょうか。
その理由は、単なる技術論を超えたところにあります。
1.奇跡の「スケーティング・シンクロ」
ペア競技の得点の鍵を握るのは、二人の動きがどれだけ一致しているか(同調性)です。
三浦璃来選手は、日本人女性選手には珍しい「木原選手の爆発的なスピードに置いていかれない」スケーティング能力を持っていました。
管理人これまでは木原龍一選手が「一歩引いて合わせる」ことが多かったのですが、三浦璃来選手とは「全力で二人で駆け抜ける」ことが可能になったのです。
このスピードの調和が、技の難易度を格段に引き上げました。
何度、観ても三浦璃来/木原龍一ペアのシンクロ率高いですね😄 #サンデーモーニング
— 名無しNo.3 (@pinkpanther7562) February 22, 2026
ミラノ コルティナ オリピック、フィギア団体ベアショート、三浦璃来さん木原龍一さんペア、演技、鳥肌がたつ、シンクロして見えた、いわゆるゾーンにはいっていた?
— メンタリスト (@LxvmdOgvDK25384) February 6, 2026
2.挫折の痛みを共有する「信頼の深度」
団体戦 ペアFS りくりゅう 6練 pic.twitter.com/LvWZFiq2fM
— 26 (@tigerlily4lo) February 23, 2026
木原龍一選手には、過去にペアを解消させてしまったという自責の念が少なからずありました。
一方の三浦璃来選手も、前ペアの解消により「自分はもう必要とされていないのではないか」とスケートを辞める寸前まで追い込まれていました。
傷ついた者同士が出会ったことで、二人の間には「このパートナーを絶対に信じ抜く」という信念があり今の演技に繋がっています。
ミスをしても責め合わず、常に笑顔で氷に立つ二人の姿は、ジャッジや観客を味方につける大きな武器となりました。
3.10年間の「下積み」という最高のギフト
木原龍一選手がこれまでのパートナーと過ごした時間は、決して「失敗」ではありませんでした。
・高橋成美さんから学んだ「世界のスタンダード」
・須崎海羽さんと築いた「エスコートの心」
これらすべての経験が、三浦璃来選手という「最高の才能」に出会った瞬間に、一気に開花したのです。
もし木原龍一選手にこれまでの苦労がなく、最初から三浦璃来選手と組んでいたとしたら、これほどまでにパートナーを大切にし、導く力は備わっていなかったかもしれません。
管理人「10年間の準備」が、三浦璃来選手という最高のピースを輝かせたのです。
木原龍一選手が世界一になれたのは、誰よりも長く、誰よりも多く「パートナーの手を握り続けてきた」からです。
運命の出会いを手繰り寄せたのは、他の誰でもない、彼自身の諦めない心でした。
まとめ
木原龍一選手の歴代ペアを辿る旅は、そのまま日本フィギュアスケート界がペア競技でいかに苦闘し、そして結実したかの「希望の物語」です。
・高橋成美さんとの衝撃的な結成から始まった挑戦
・須崎海羽さんとの粘り強い奮闘
・三浦璃来選手との歴史的快挙。
そのすべてのピースが、今の「世界王者・木原龍一」を形作っています。
一見、遠回りに見えた「ペア解消」という苦い経験も、実は世界一の景色を見るために絶対に必要なステップだったと言えるでしょう。
「何度倒れても、情熱さえあれば何度でも立ち上がれる」。
木原龍一選手のキャリアは、私たちにそんな勇気を与えてくれます。
これからも進化を止めないりくりゅうペア。
次にどんな新しい歴史を刻んでくれるのか、日本が世界に誇るこの最強ペアの挑戦をこれからも全力で応援していきましょう!
